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スポーツ計時とトップアスリートの戦い【並木浩一の時計文化論】

2016年12月5日

時計評論家・並木浩一氏が“時計を哲学する”人気シリーズ。今回は、日本が史上最多のメダル数を獲得するなど大いに盛り上がりを見せた2016年夏季オリンピックを切り口に、スポーツ計時に考察してもらいました。

 

サッカー場において、審判は祭司であり、

レフェリーウオッチは象徴的な神具である

 

2016年はスポーツファンにはこの上なく楽しかった年でしょう。いうまでもなく五輪などのスポーツイベントは計時の歴史であり、したがって時計の社会史の中で語られる豊富な内容を含んでいるものです。陸上のトラックやロードレース、競泳はタイムレースですので、計時手段の変遷はそのまま科学技術の進化を反映します。エレクトロニクスの最前線テクニックは、もはや"超"時計のレベルにあるといえるでしょう。そして競技者はそれぞれ肉体の限界として課された秒数から、千分の1秒を削ぎ落とそうと切磋琢磨しているのです。いってみれば自分の運命から時間を取り戻そうとする行為であるわけで、ヒロイックに見える当然の理由があるのです。

 

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今夏のリオ五輪で公式計時を担当したオメガは、1932年のロサンゼルス大会を皮切りに、2020年東京五輪で29回目のオフィシャルタイムキーパーを務めることが決まっています。写真は1966年のブタペスト大会の計時風景。

 

一方で球技の計時では、これとは違うフェイズを見ることができます。バスケットボールの試合ではタイムキーパーが細めにゲームクロックを止めるので、残り時間が全ての選手と観客に一目瞭然です。クォーター最後の1秒には、予定調和のように無理矢理のロングシュートを打つのが暗黙の約束事ですよね。 終了ブザーの間に空中にあるボールは有効ですので、それが2点差以内で競り合っている試合終了間際であれば、もし入れば最高の大逆転、奇跡のブザービーター! こんな試合に巡り合ったら、フィールドゴールごとに時計を止める最後の2分間は、敵も味方も観客も正気ではいられないでしょう。コート上のプレイとゲームクロックの、どちらからも目が離せません。

 

時計上の時間もまた最高のスペクタクルになる最終盤、全ての選手と観客が共有するゲームクロック上の残り秒数が、長くも短くも感じられます。コンマ以下の秒数を意識する瞬間など、人生でそうあるものではないはずです。しかしながら止められたクロックに表示された一瞬は、間違いなくカウントダウンが中断された、私たちの時間に他ならないのです。得点を競うスポーツのはずが、時間を競うかのように性質を違えてしまう。このとき計時の重要性は、正確な時間を測ること以上に、運命を告げる効果に見えます。

 

サッカーの場合はもっと極端かもしれません。競技場には誰もが見られる時計が掲げられますが、それが単なる目安であることを皆が納得している。前半終了もゲームセットもすべてが主審の笛次第であり、試合を司る全権力が、レフェリーの腕時計一本に集中していることになります。そのルールの下、よほど点差が開いている場合は別として、ゲームの終盤にはリードしているチームと相手方で全く「時間の使い方」が異なるわけです。逃げ切り側はバックス間でボールを回し、キーパーもゴールキックをなかなか蹴らず、ファウルを受けたら容易には立ち上がらない。時計を進めようとするわけですが、逆にビハイン ド側は、時計を止め、時の経過を遅くしようとする。"時間との戦い"の実相は、時計との戦いです。

 

しかしながらそうした思惑や小手先の技もすべて、審判が見透かしているというのが大前提です。主審がロス・オブ・タイムを告げ、追加分数が掲示される。審判はサッカー場において、全能者に代わる権限を与えられている祭司であり、レフェリーウオッチは象徴的な神具ということになります。"アディショナル・タイム"という、英語にしては曖昧な言葉の隠れた主語 は、一種の神にほかなりません。超越的な存在が増し加える(add)その時間もやはり、選び抜かれたプレーヤーが能力の限りを尽くして運命から奪い取ろうとする時間であるわけです。そうしたアスリートの行為はまちがいなく英雄的といえるでし ょう。応援している我々も、彼らに自分を重ねるのです。

 

profile

並木浩一

桐蔭横浜大学教授、博士(学術)、京都造形芸術大学大学院博士課程修了。著書『男はなぜ腕時計にこだわるのか』(講談社)、『腕時計一生もの』(光文社)、共著『腕時計雑学ノート』(ダイヤモンド社)ほか、近著に『腕時計のこだわり』(ソフトバンク新書)があります。学習院生涯学習センターでは、一般受講可能な時計論講座を開講中。

 

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